書名は題簽による
『七論』: 自跋末に「時に元禄十六年重陽の日武州小石川の寓居にしてしるしをハり侍りぬ」とあり
『栄花物語考』: 巻末に「正徳三年癸巳正月二十八日武州小石川水戸藩邸彰考舘にしてしるしおはりぬ 年山人為章」とあり
奥書に「右此書ハ長谷川氏藤良主年末ひめ置せたまふ一帖也元ふしありて一日其舘まうて侍りける時ねりころに乞求て老眼のおほろなるを堪へ忍ひて燈下に寛かに保き三のとしの夏汗をのこひのこひて一夜二夜の程にうつしとり畢ぬ末ニ系図江記袋艸紙等を書加侍る後人予かあやまりを糺したまへ 于時行年六十歳 桑門義淵」とあり
印記: 「半田子」
この資料は国文学研究資料館の歴史的典籍NW事業により撮影しました。