原奥書に「正徳三年癸巳正月二十八日武州小石川水戸藩邸彰考舘にしてしるしおはりぬ」「此集の第一巻ハ年山兄先年この五境にかゝれる舊記をよひ歌に詩をあつめて千とせの社ちとせ寺に奉納せられたり治部少輔有間光近朝臣の奧書あり第二巻より終り七巻まてハ惟翁朴翁抱琴年山の和文の回録に殘れるをひろひえらひてすなハち第一巻の名をかうふらしめ松浦守釣の序をそなへて全書となしふたゝひ寺社におさめ侍り想ふに人は境によりて名をつたへ境ハ人をえて景をあらハす事時ありといふへくなん 季弟為宣子儀謹志」とあり
原奥書(朱書)に「此紫家七論栄花考を我外祖母光含院専巻心月法圓禅尼の筆のあとあり(中略)禅尼の世にまさはとひとりこといひつヽ袖にして庵にかへりことふみにて校合を加へ置そへるもこれもかたみのひとつならんか 源義亮 (中略)明和七年庚寅葉月三日」とあり
印記: 「好座家藏」、「狂哥堂文庫」(北川真顔)
巻末に「源好座藏」と墨書あり
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